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宮司のお話
【大島・奥津島神社(おおしま・おくつしまじんじゃ)のご紹介】
奥津比賣命を祀る大島、大国主命を祀る奥津島は両社が同じ境内に鎮座します。大間神社の祭神である大国主命像は等身大の見事なもので、国の重要文化財になっています。
この神社は式内社と言って、平安時代に作られた「延喜式」という本の中に出てくる神社なのです。この神社からは朝廷に毎年「むべ」を奉納していることが記されており、戦前まで続いていました。戦後は一時途絶えていましたが、最近になって復活し、「むべの里」としてまちづくりを行っています。
【深井 武臣(ふかい たけおみ)宮司のコメント】
●町内外に棚や挿し木
町の大島神社・奥津島神社の宮司の家に生まれた私は、父から天智天皇の話を聞かされて育ったが、若い世代には意外と伝わっていないようだ。市役所に勤めていた時から、このむべを町のシンボルにして、ふるさとに誇りを持ち、かけがえのない景観を守ろうと思っていた。そこで市職員や会社員らが集まってまちづくり委員会を結成、「むべに親しむ郷づくり」を1995年から始めた。私は昨年から2代目の委員長を務めている。
秋には町内のどこでもむべの実が見られるようにしたい。町内の3カ所と、市の中心部のJR近江八幡駅にブドウ棚のようなむべ棚を作り、挿し木をして育てた。秋になるとむべの実の赤紫、葉の緑、小川の青が鮮やかな対比をなす。むべ棚の下で遊ぶ子供たちを見るととてもうれしい。
●皇室への献上再開実現
1878年に明治天皇が北陸に巡幸した折、当時の滋賀県令がむべを献上し「大君にささけしむべは古き代乃(よの)ためしとしたふ民のまこころ」という歌を詠んでいる。私の神社では、この歌を絵馬に刷って、300枚を氏子に配った。歴史への理解を促したかったのだ。
途絶えていた皇室への献上はどうしても復活したかった。かつては、伝説の老夫婦の親せきといわれ、長い間献上の供御人(くごにん)を担っていた家があった。しかしこの方が町外へ出られたあと、献上が中断していたのだ。
神社が中心になって県を通じて働きかけ、昨年ようやく献上の許可がおりた。今年も10月末に収穫し、よりすぐった15個を青竹で編んだかごに包み、ヒノキの箱に入れて献上した。町から出ていった人がこの話を聞き、喜んで連絡をくれた。
むべをきっかけに自然への関心を高めようと、町の総合的な環境保全にも取り組んでいる。子供のころは夏の夜空に乱舞していたホタルが、高度成長期以降めっきり見られなくなった。郷づくりに歩調を合わせて、全60戸に合併浄化槽を取り付けたところ、昨年あたりからホタルが舞う夜空が戻ってきた。
子供たちを山へ連れて行き、食べられる果実を教えたり、古墳を案内したりする学習的な事業も考えている。由緒あるむべと豊かな自然を次世代に伝え、子供たちが誇りを持てるふるさとにしたい。
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